クラスへのポインタまたは参照は、そのクラスから派生されたすべてのクラスを実際に指す (参照する) ことができます。場合によっては、オブジェクトの完全派生クラス、またはその完全なオブジェクトのほかのサブオブジェクトへのポインタを得る方が望ましいことがあります。動的キャストによってこれが可能になります。
互換モード (-compat[=4]) でコンパイルする場合、プログラムが動的キャストを使用している場合は、-features=rtti を付けてコンパイルする必要があります。
動的な型のキャストは、あるクラス T1 へのポインタまたは参照を、別のクラス T2 のポインタまたは参照に変換します。T1 とT2 は、同じ階層内にある必要があります。両クラスとも (公開派生を介して) アクセス可能でなければならず、変換はあいまいであってはいけません。また、変換が派生クラスからその基底クラスの 1 つに対するものでないかぎり、T1 と T2 の両方が入った階層の最小の部分は多相性がある必要があります (少なくとも仮想関数が 1 つ存在すること)。
式 dynamic_cast<T>(v) では、v はキャストされる式であり、T はキャストの対象となる型です。T は完全なクラス型 (定義が参照できるもの) へのポインタまたは参照であるか、あるいは「cv void へのポインタ」である必要があります。ここで cv は空の文字列、const、volatile、const volatile のいずれかです。
階層の上位にキャストする場合で、v が指す (参照する) 型の基底クラスを T が指す(あるいは参照する) 場合、変換は static_cast<T>(v) で行われるものと同じです。
T が void* の場合、結果はオブジェクト全体のポインタになります。つまり、v はあるオブジェクト全体の基底クラスの 1 つを指す可能性があります。この場合、dynamic_cast<void*>(v) の結果は、v をオブジェクト全体の型 (種類は問わない) に変換したあとで void* に変換した場合と同じです。
void* にキャストする場合、階層に多相性がある必要があります (仮想関数が存在すること)。 結果は実行時に検証されます。
階層の下位または全体にキャストする場合、階層に多相性がある必要があります (仮想関数を持つ必要がある)。結果は実行時に検証されます。
階層の下位または全体にキャストする場合、v から T に変換できないことがあります。たとえば、試行された変換があいまいであったり、T に対するアクセスが不可能であったり、あるいは必要な型のオブジェクトを v が指さない (あるいは参照しない) 場合がこれに当たります。実行時検査に失敗し、T がポインタ型である場合、キャスト式の値は型 T のヌルポインタです。T が参照型の場合、何も返されず (C++ にはヌル参照は存在しない)、標準例外 std::bad_cast が送出されます。
たとえば、次の公開派生のコード例は正常に実行されます。
#include <assert.h>
#include <stddef.h> // NULL 用
class A {public: virtual void f();};
class B {public: virtual void g();};
class AB: public virtual A, public B {};
void simple_dynamic_casts()
{
AB ab;
B* bp = &ab; // キャストは不要
A* ap = &ab;
AB& abr = dynamic_cast<AB&>(*bp); // 成功
ap = dynamic_cast<A*>(bp); assert(ap!= NULL);
bp = dynamic_cast<B*>(ap); assert(bp!= NULL);
ap = dynamic_cast<A*>(&abr); assert(ap!= NULL);
bp = dynamic_cast<B*>(&abr); assert(bp!= NULL);
}
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これに対して、次のコード例は正しく実行されません。 基底クラス B にアクセスできないからです。
#include <assert.h>
#include <stddef.h> // NULL 用
#include <typeinfo>
class A {public: virtual void f() {}};
class B {public: virtual void g() {}};
class AB: public virtual A, private B {};
void attempted_casts()
{
AB ab;
B* bp = (B*)&ab; // 中断を防ぐため、C 形式のキャストが必要
A* ap = dynamic_cast<A*>(bp); // 失敗、B にアクセスできない
assert(ap == NULL);
try {
AB& abr = dynamic_cast<AB&>(*bp); // 失敗、B にアクセスできない
}
catch(const std::bad_cast&) {
return; // 参照キャストの失敗をここで捕獲
}
assert(0); // ここまで到達しない
}
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1 つの基底クラスについて仮想継承と多重継承が存在する場合には、実際の動的キャストは一意の照合を識別することができる必要があります。もし照合が一意でないならば、そのキャストは失敗します。たとえば、次の追加クラス定義が与えられたとします。
class AB_B: public AB, public B {};
class AB_B__AB: public AB_B, public AB {};
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例:
void complex_dynamic_casts()
{
AB_B__AB ab_b__ab;
A*ap = &ab_b__ab;
// OK: A を静的に特定できる
AB*abp = dynamic_cast<AB*>(ap);
// 失敗: あいまい
assert(abp == NULL);
// 静的エラー: AB_B* ab_bp = (AB_B*)ap;
// 動的キャストではない
AB_B*ab_bp = dynamic_cast<AB_B*>(ap);
// 動的キャストは成功
assert(ab_bp!= NULL);
}
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dynamic_cast のエラー時のヌル (NULL) ポインタの戻り値は、コード中の 2 つのブロック (1 つは型推定が正しい場合にキャストを処理するためのもの、もう 1 つは正しくない場合のもの) の間の条件として役立ちます。
void using_dynamic_cast(A* ap)
{
if (AB *abp = dynamic_cast<AB*>(ap))
{ // abp は NULL ではない。
// したがって ap は AB オブジェクトへのポインタである。
// abp を使用する。
process_AB(abp);}
else
{ // abp は NULL である。
// したがって ap は AB オブジェクトへのポインタではない。
// abp は使用しない。
process_not_AB(ap);
}
}
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互換モード (-compat[=4]) では、-features=rtti コンパイラオプションによって実行時の型情報が有効になっていないと、コンパイラは dynamic_cast を static_cast に変換し、警告メッセージを出します。
実行時型情報が無効にされている場合、すなわち -features=no%rtti の場合には 、コンパイラは dynamic_cast<T&> を static_cast<T&> に変換し、警告を発行します。参照型への動的キャストを行う場合は、そのキャストが実行時に無効であると判明したときに送出される例外が必要です例外の詳細については、「7.5.3 問題がある検索の回避」を参照してください。
動的キャストは必然的に、仮想関数による変換のような適切な設計パターンより遅くなります。Erich Gamma 著 (ソフトバンク)『オブジェクト指向における再利用のためのデザインパターン』を参照してください。