この節では、TCP/IP を構成するプロトコルについて詳しく紹介します。ここに示す情報は概念的なものですが、各プロトコルの名前とそれぞれの働きを理解することができます。TCP/IP 関係の書籍は、どれもここに示す概念を理解していることを前提として書かれているので、この情報は重要です。
TCP/IP は、インターネットプロトコル群を形成するネットワークプロトコルの集合を示すニックネームとして使用されています。多くの書籍では、「インターネット」という用語は、プロトコル群と広域ネットワークの両方を表すものとして使用されています。本書では、「TCP/IP」は特にインターネットプロトコル群を表し、「インターネット」は広域ネットワークとそれを運営する組織を表すものとします。
TCP/IP ネットワークと他のネットワークとを相互接続するには、一意な IP ネットワーク番号を入手する必要があります。本書を作成した時点では、IP ネットワーク番号は、InterNIC と呼ばれる組織によって割り当てられていました。
ネットワーク上のホストがインターネットドメイン名システム (DNS) に参加する場合は、一意なドメイン名を入手し登録する必要があります。InterNIC は、いくつかのトップレベルのドメイン、たとえば .com (商業)、.edu (教育)、.gov (政府) などのドメインの傘下にあるドメイン名の登録も行なっています。InterNIC については、第 5 章「TCP/IP ネットワークの計画」で詳しく説明します (DNS についての詳細は、『Solaris ネーミングの管理』を参照してください)。
ほとんどのネットワークプロトコル群は、一連の層として構築されており、これはしばしば総称的にプロトコルスタックと呼ばれます。各層はそれぞれ特定の目的のために設計されていて、送信側ホストと受信側ホストの両方に存在しています。一方のマシンの特定の層が、相手のマシンの対等プロセスが送受信するオブジェクトと同じものを送受信するように設計されています。このような動作は、問題の層の上下の層で進行していることとは独立して行われます。つまり、ホストの各層は、同じマシンの他の層から独立して、他のホストの同じ層と協調して働きます。
ほとんどのネットワークプロトコル群が層の形に構造化されているとみなされるのは、国際標準化機構 (ISO) が設計した開放型相互接続 (OSI) 参照モデルの結果です。OSI モデルは、ネットワーク活動が 7 つの層から成る構造を持ち、それぞれの層に 1 つまたは複数のプロトコルが関連付けされるものと規定しています。層は、連携するネットワーク相互間でのすべての種類のデータ転送に共通するデータ転送操作を表します。
OSI 参照モデルのプロトコル層は、通常は表 4-1 に示すように、上 (層 7) から下 (層 1) へ並べて表します。
表 4-1 開放型相互接続参照モデル
層番号 |
層の名前 |
説明 |
---|---|---|
7 |
誰でも使用できる標準の通信サービスとアプリケーション |
|
6 |
情報が解読可能な形で受信側マシンに渡されるようにする |
|
5 |
連携コンピュータ間の接続と終了を管理する |
|
4 |
データの転送を管理し、受信されたデータと送信されたデータが同じになるようにする |
|
3 |
ネットワーク間でのデータのアドレス指定と配送を管理する |
|
2 |
ネットワークメディアを通過するデータの転送を取り扱う |
|
1 |
ネットワークハードウェアの特性を定義する |
OSI モデルにより定義されている動作は概念的なものであり、特定のネットワークプロトコル群に特有のものではありません。たとえば、OSI ネットワークプロトコル群は、OSI 参照モデルの 7 つの層をすべて実装しています。TCP/IP は、OSI モデルの層のいくつかを使用し、その他を合併しています。その他のネットワークプロトコル、たとえば SNA では、8 番目の層が追加されています。
TCP/IP は、いくつかの OSI 層を合併して 1 つの層にしていたり、またまったく使用しない層があったりするため、このモデルに直接対応しているとは言えません。表 4-2 は、Solaris 実装の TCP/IP の層を示しています。最上位の層 (アプリケーション) から最下位の層 (物理ネットワーク) まで並べてあります。
表 4-2 TCP/IP プロトコルスタック
OSI 参照の層番号 |
対応する OSI 層 |
TCP/IP 層 |
TCP/IP プロトコルの例 |
---|---|---|---|
5,6,7 |
アプリケーション、セッション、プレゼンテーション |
NFS、NIS+、DNS、telnet、ftp、rlogin、rsh、rcp、RIP、RDISC、SNMP、その他 |
|
4 |
トランスポート |
TCP, UDP |
|
3 |
ネットワーク |
IP, ARP, ICMP |
|
2 |
データリンク |
PPP, IEEE 802.2 |
|
1 |
物理 |
Ethernet (IEEE 802.3) トークンリング、RS-232、その他 |
この表は、TCP/IP プロトコルの層、対応する OSI モデルの層、および TCP/IP プロトコルスタックの各レベルで使用できるプロトコルの例を示しています。通信トランザクションに関与する各ホストは、それぞれ独自の実装によるプロトコルスタックを実行します。
物理ネットワーク層は、ネットワークに使用するハードウェアの特性を規定します。たとえば、通信メディアの物理特性を規定します。TCP/IP の物理層はハードウェア規格を意味しています。たとえば、Ethernet ネットワークメディアの仕様である IEEE 802.3 や、標準ピンコネクタの仕様である RS-232 などです。
データリンク層は、パケットのネットワークプロトコルの種類を識別します。この場合は TCP/IP です。また、この層には、エラー制御と「フレーミング」の働きもあります。データリンク層の例としては、Ethernet IEEE 802.2 フレーミングと、ポイントツーポイントプロトコル (PPP) フレーミングがあります。
この層はネットワーク層とも呼ばれるもので、ネットワークに対してパケットを受け入れたり、配送したりします。この層には、強力なインターネットプロトコル (IP)、アドレス解決プロトコル (ARP)、インターネットコントロールメッセージプロトコル (ICMP) が組み込まれています。
IP プロトコルとそれに関連したルーティングプロトコルは、TCP/IP 群全体の中でたいへん重要なものです。IP は次の機能を受け持ちます。
IP アドレス指定 - IP アドレス指定の規則は IP プロトコルの一部です (IPv4 アドレス指定については、第 5 章「TCP/IP ネットワークの計画」で詳しく説明します。IPv6 アドレス指定については、第 14 章「IPv6 の概要」で詳しく説明します)。
パケット形式設定 - IP は、パケットを IP データグラムと呼ばれる単位に組み立てます。データグラムについては、「インターネット層」で詳しく説明します。
フラグメント化 - パケットが大きすぎてネットワークメディアを介して転送できないときは、送信側ホストの IP は、パケットを小さいフラグメントに分割します。受信側ホストの IP は、これらのフラグメントを組み立てて元のパケットに戻します。
前のリリースの Solaris オペレーティング環境では、インターネットプロトコルバージョン 4 (IPv4 と記述される) が実装されていました。しかし、インターネットの急速な成長によって、アドレス空間の拡張など、機能強化された新しいインターネットプロトコルを開発する必要が生じました。バージョン 6 として知られるこの新バージョンは IPv6 と記述されます。Solaris オペレーティング環境では、両方のバージョンを使用することができます。インターネットプロトコルについて言及するときに混乱を避けるため、以下の規則を適用します。
用語 IP を使用している説明は、IPv4 と IPv6 の両方に適用されます。
用語 IPv4 を使用している説明は、IPv4 のみに適用されます。
用語 IPv6 を使用している説明は、IPv6 のみに適用されます。
アドレス解決プロトコル (ARP) は、データリンク層とインターネット層の間に概念的に存在するものです。ARP は、Ethernet アドレス (48 ビット長) を既知の IP アドレス (32 ビット長) にマッピングし、IP はこの情報に基づいてデータグラムを正しい受信側ホストに向けることができます。
インターネット制御メッセージプロトコル (ICMP) は、ネットワークエラー条件の検出とその報告を担当するプロトコルです。ICMP は以下の事項について報告します。
「ping コマンド」の節には、エラー検出に ICMP を使用するオペレーティングシステムコマンドについての詳細な説明があります。
TCP/IP トランスポート層プロトコルは、パケットが正しい順序でエラーなしに到着するようにするために、データ受領の肯定応答を交換し、失われたパケットがあれば転送し直します。この種類の通信を「終端間」通信と呼びます。このレベルのトランスポート層プロトコルは、トランスミッションコントロールプロトコル (TCP) とユーザーデータグラムプロトコル (UDP) です。
TCP は、物理的な回線で接続されているのと同じようにしてアプリケーション相互間の通信ができるようにします。TCP は、独立したパケットの形ではなく、文字単位で転送されているような形でデータを送信します。この転送では、まず開始ポイントで接続がオープンされ、次にバイト順序ですべてのデータが転送され、終了ポイントで接続がクローズされます。
TCP は、転送するデータにヘッダーを添付します。このヘッダーには、送信側マシン上のプロセスが受信側マシン上の対等プロセスに接続できるようにするための、多数のパラメータが含まれています。
TCP は、送信側ホストと受信側ホストとの間に終端間接続を確立することにより、パケットが宛先に到達したことを確認します。したがって、TCP は、「信頼性の高い接続指向型」プロトコルとみなすことができます。
もう 1 つのトランスポート層プロトコルである UDP は、データグラム配送サービスを提供します。受信側ホストと送信側ホストとの間で接続が達成されているかどうかを検査する手段は提供しません。UDP は接続の確立と検査を省略するので、少量のデータを送信するアプリケーションにとっては、TCP よりも効率的です。
アプリケーション層は、誰でも使用できる標準的なインターネットサービスとネットワークアプリケーションを定義します。これらのサービスとトランスポート層の両方の働きにより、データの送受信が行われます。アプリケーション層のプロトコルにはさまざまのものがあり、そのうちのいくつかは、すでに使用しているでしょう。以下に、この種のプロトコルの例をいくつか挙げます。
標準 TCP/IP サービス。たとえば、ftp、tftp、telnet コマンドなど
UNIX の "r" (リモート) コマンド。たとえば、 rlogin や rsh など
ネームサービス。たとえば、NIS+ やドメインネームシステム (DNS) など
ファイルサービス。たとえば NFS サービスなど
SNMP (ネットワーク管理用プロトコルの一種。Simple Network Mamagement Protocol の略)
FTP と匿名 FTP - ファイル転送プロトコル (FTP) は、リモートネットワークとの間でファイルを転送します。このプロトコルには、ftp コマンド (ローカルマシン) と in.ftpd デーモン (リモートマシン) が含まれています。ユーザーは、リモートホストの名前とファイル転送コマンドのオプションを、ローカルホストのコマンド行に指定します。すると、リモートホストの in.ftpd デーモンが、ローカルホストからの要求を処理します。rcp とは違って、ftp は、リモートコンピュータのオペレーティングシステムが UNIX でない場合でも動作します。匿名 FTP を認めるように設定されている場合を除いて、ftp 接続を行うときにはリモートコンピュータにログインする必要があります。
現在では、インターネットに接続されている各種の匿名 FTP サーバーから、さまざまの豊富な資料や情報を入手できます。これらのサーバーは大学その他の研究機関により設定されたもので、ある種のソフトウェア、研究報告、その他の情報をパブリックドメインに公開しています。この種のサーバーにログインするときには、ログイン名として anonymous を使用します。「匿名 (anonymous) FTP サーバー」という言葉はこれに由来しています。
匿名 FTP の使用法と匿名 FTP サーバーの設定については、本書では説明しません。しかし、たとえば『The Whole Internet User's Guide & Catalog』など、匿名 FTP について詳しく説明している多数の書籍が市販されています。FTP を使用して標準マシンに到達するための方法については、 『Solaris のシステム管理 (第 1 巻)』に説明があります。ftp(1) のマニュアルページには、コマンドインタプリタによって呼び出されるものも含むすべての ftp コマンド・オプションについての説明があります。 ftpd(1M) のマニュアルページには、in.ftpd デーモンが提供するサービスに関する説明があります。
Telnet - Telnet プロトコルは、端末と端末指向プロセスが、TCP/IP を実行するネットワーク上で通信できるようにします。このプロトコルは、telnet プログラム (ローカルマシン上の) と in.telnet デーモン (リモートマシン上の) として実装されます。Telnet は、2 つのホストが文字単位または行単位で通信できるようなユーザーインタフェースを提供します。アプリケーションにはコマンドのセットが含まれていますが、これについては、telnet(1) のマニュアルページに詳しい説明があります。
TFTP - 簡易ファイル転送プロトコル (tftp) は ftp に似た機能を備えていますが、ftp の対話型接続を確立する機能はありません。したがって、ユーザーは、ディレクトリの内容を表示したり、ディレクトリを変更したりすることはできません。これは、ユーザーが、コピーしたいファイルのフルネームを知っていなければならないことを意味します。tftp のコマンドセットについては、tftp(1) のマニュアルページに説明があります。
UNIX の "r" (リモート) コマンドを使用すると、ユーザーは、指定したリモートホストで実行したいコマンドを、各自のローカルマシンで発行することができます。この種のコマンドには次のものがあります。
rcp
rlogin
rsh
これらのコマンドの使い方については、rcp(1)、rlogin(1)、rsh(1) の各マニュアルページに説明されています。
Solaris 実装の TCP/IP では、NIS+ と DNS の 2 つのネームサービスが使用できます。
NIS+ - NIS+ は、ホスト名から IP アドレスとEthernet アドレスへのマッピング、パスワードの検査など、ネットワーク管理サービスに対する集中制御の機能を提供します。詳細は、 『Solaris ネーミングの管理』を参照してください。
ドメインネームシステム - ドメインネームシステム (DNS) は、ホスト名から IP アドレスへのサービスを提供します。また、メール管理用のデータベースとしての働きもします。このサービスの詳細は、『Solaris ネーミングの管理』を参照してください。in.named(1M) のマニュアルページも参照してください。
NFS アプリケーション層プロトコルは、Solaris オペレーティングシステム用のファイルサービスを提供します。NFS サービスについての詳細は、第 29 章「Solaris NFS の環境」で説明しています。
SNMP (ネットワーク管理用プロトコルの一種。Simple Network Management Protocol) を使用すると、ネットワークのレイアウトを表示し、主要マシンの状態を表示し、さらに、その他の複雑な統計情報をグラフィカルユーザーインタフェースを持つソフトウェアから得ることができます。多くの企業が、SNMP を実装するネットワーク管理パッケージを提供しています。SunNet ManagerTM はその一例です。
TCP/IP ネットワーク用の 2 つのルーティングプロトコルとして、RIP (Routing Information Protocol) と RDISC (Router Discovery Protocol) があります。これらのプロトコルについては、「ルーティングプロトコル」で説明します。