第 2 章
ビジネス分析
この章では、ビジネス上の問題点の分析、ビジネス要件と制約の識別、ビジネス上の目的の明確化について、ガイドラインを示します。
ビジネス分析は、配備プロジェクトのビジネス上の目的の明確化から開始されます。次に、解決が必要なビジネス上の問題点の分析、およびビジネス上の目的の達成に必要なビジネス要件の識別が行われます。また、目的を果たす上で障害となりうるビジネス上の制約についても考慮します。ここで識別されるビジネス要件と制約は、ビジネス要件ドキュメントの基本となります。このドキュメントは、後に技術要件フェーズでシステム要件を導き出す上で使用されます。
ビジネス要件を識別するための単純な公式は存在しません。顧客との共同作業や、ビジネス分野に関する各自の知識に基づいて要件を特定します。ここに示すガイドラインは、ビジネス分析を開始するための 1 つの方法に過ぎません。
この章で説明する内容は、次のとおりです。
ビジネス要件
ビジネス上の問題点の明確化は、プロジェクトの最終的な目的の概要を示すエグゼクティブサマリーを作成するようなものです。ビジネス上の問題を明確化することで、プロジェクトの利用形態 (なぜプロジェクトが必要か、またはなぜ求められるのか)、およびプロジェクトの適用範囲 (何がプロジェクトに含まれ、何が含まれないのか) が特定されます。また、プロジェクトの成功に重要となる機能も特定されます。
ビジネス要件分析の結果は、配備がビジネス上の目的をどのように達成するかを定義したドキュメントとしてまとめられます。次の表は、ビジネス要件分析で特定される一般的な項目を示しています。
表 2-1 ビジネス要件の分析で特定される項目
項目
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説明
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ビジネス上の目的
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プロジェクトの目的を明確に特定する。目的の明確化は、設計上の意思決定に役立つ
次に、目的の一般的な例を示す
- メッセージング、アドレス帳、インスタントメッセージング、カレンダーなどのサービス機能を含む、組織全体にまたがる共同作業
- ユーザーがコンテンツを収集、カスタマイズでき、電子メール、カレンダー、インスタントメッセージング、その他のエンタープライズサービスを提供する企業ポータル
- 会議室、事務所、その他の共有物理リソースのスケジューリングを行うためのエンタープライズリソーススケジューラ
- オンライン商取引の実現
計画中の配備の目的と現状を比較することは、後の設計上の意思決定に役立つ
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配備の種類
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想定される配備の種類を特定する
- B to C (企業から顧客へ)
- B to E (企業から従業員へ)
- B to B (企業から企業へ)
- 企業の従業員から従業員のコミュニケーションへ
- 上記の組み合わせ
配備の種類を明確にすることは、その種類に固有の設計上の問題点を特定する上で活用される
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範囲
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プロジェクトの範囲を明確に特定する。解決される領域を識別する。目的が不明瞭になったり、達成不能になったりしないように、「オープンエンド」なものになることを避ける
不明瞭な範囲の定義は、ビジネスニーズを十分に満たせない配備設計につながる恐れがある
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利害関係者
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配備成功の恩恵を受ける個人および組織を特定する
ビジネス上の目的と要件の定義には、すべての利害関係者が活発に参加する必要がある
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不可欠な品質
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成功に不可欠な領域を特定する。これにより、最も重要な条件を踏まえて設計を分析できる
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対象利用者
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配備の対象利用者となるユーザーの種類を特定する。たとえば、次のようなユーザーが考えられる
- 現在と過去の従業員
- 現在の顧客
- メンバーシップサイト
- 一般大衆
- 管理者
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ユーザーの利益
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配備がユーザーにもたらすと考えられる利益を明確にする。たとえば、次のような利益が考えられる
- 企業リソースにリモートアクセスする
- 組織内で共同作業を行う
- 応答時間を短縮する
- エラーレートを低減させる
- 日次業務を単純化する
- 遠隔地のチームとリソースを共有する
- 生産性を向上する
想定利益の明確化は、設計上の意思決定に役立つ
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サービスレベルアグリーメント
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配備が特定のシステム要件を満たせない場合に提供されるカスタマーサポートのレベルと範囲を定義する
通常は、技術要件の分析時に定義されるサービスレベル要件に基づいて、プロジェクトの承認時にサービスレベルアグリーメントに署名がなされる
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セキュリティ上の問題
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これまでに設定された目的は、問題点として明確化されていないセキュリティ上の問題を内包している可能性がある。しかし、配備に必要なセキュリティ上の目標を明確にしておくと便利である。たとえば、次のような目標が考えられる
- 占有情報へのアクセスは、認証されたユーザーに限定する
- 機密情報へのアクセスは、ロールベースのアクセスに限定する
- 遠隔地との通信をセキュリティ保護する
- ローカルシステム上でリモートアプリケーションを利用できるようにする
- サードパーティ企業とのトランザクションをセキュリティ保護する
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優先順位
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設定したビジネス上の目的に優先順位をつける
大規模で複雑な配備は、段階的に実装する必要がある。リソースが限定されていれば、いくつかの目標を排除または修正する必要も生じる。優先順位を明確にすることで、受け入れられる配備設計を作成する上で必要な意思決定のガイドラインとすることができる
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ビジネス上の制約
ビジネス上の制約は、配備プロジェクトの本質に関わる重要な問題です。成功する配備設計の鍵は、ビジネス上の制約の範囲内でビジネス要件を満たす最適な方法を見つけることにあります。
次の表は、配備設計に影響する可能性のある一般的なビジネス上の制約を示しています。それぞれの配備プロジェクトには、それぞれの状況に固有のビジネス上の制約がある可能性があります。
表 2-2 ビジネス上の制約の分析で特定される項目
項目
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説明
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期限またはスケジュール
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配備のスケジュールは、設計上の意思決定に影響する可能性がある。厳しいスケジュールは、目標の規模縮小、優先順位の変更、段階的なソリューションの採用などにつながることがある
スケジュール内にも、注意を必要とする重要な達成期限が定められる可能性がある
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予算
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ほとんどの配備は、限られた予算内で達成する必要がある。コスト超過を防ぐために、設計時は常に予算を考慮する必要がある
予算を考慮するときは、プロジェクトの完了に要するコストだけでなく、プロジェクトを特定期間維持する上で必要となるリソースも念頭に置く必要がある
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リソース
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出費だけでなく、配備の成功に必要なすべてのリソースを考慮する。これには次のようなリソースが含まれる
- 既存のハードウェアとネットワークインフラストラクチャ
既存インフラストラクチャの活用は、システム設計に影響する可能性がある
- 配備設計の実装に必要な開発リソース
ハードウェア、ソフトウェア、人的資源を含む、開発リソースが限られていれば、段階的な配備が必要となる可能性も生じる。各段階で、同じリソースや開発チームを再利用しなければならない場合がある
- メンテナンス、管理、サポート
システムユーザーの管理、維持、サポートに利用できるリソースを分析する。リソースが限られている場合、設計上の意思決定に影響する可能性がある
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保有コスト
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メンテナンス、管理、サポートのほかに、保有コストに影響するその他の要因を分析する
たとえば、必要となるハードウェアとソフトウェアのアップグレード、電力網の設置面積、通信費、および出費を要するその他の要因について考慮する
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企業の標準と方針
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配備を必要としている企業の標準と方針を明確に理解する
これらの標準と方針が、設計の技術面、製品の選択、配備方法に影響することもある
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企業の変更管理
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企業による変更の管理手順は、配備方法やスケジュールに大きく影響する可能性がある
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費用対効果
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それぞれの配備は、顧客の投資に対して利益を提供する必要がある。費用対効果の分析では、通常は、投資費用から得られた経済的効果が算出される
配備の経済的効果を見積もるときは、ビジネス上の目標を配備によって達成した場合と、それ以外の方法で同じ目標を達成した場合、または、なにも行わなかった場合を比較して慎重に分析する
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規制による制約
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規制による制約は、配備の性質によって大きく異なる
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段階的な配備
通常は、配備は全体が包括的なシステムとして見なされます。しかし、多くの場合は、包括的なシステムに段階的に到達します。
段階的な配備には、次のような利点があります。
段階的な配備を採用する場合、通常は、最終的に包括的なソリューションに至るまでの段階的な目標を示すロードマップを作成します。また、後から実装される、各段階の短期ソリューションも考慮する必要があります。
配備の方法に関係なく、変更や成長に対応するための余地が残された配備を設計する必要があります。