共通デスクトップ環境 スタイル・ガイド

第 9 章 アクセスしやすさを考慮した設計

この章では、ソフトウェア・アプリケーションが障害を持ったユーザからもアクセスできるようにするためのガイドラインを示します。

アクセスしやすさ

アクセスしやすさとは、障害を持つユーザが、サービス、製品、および情報の利用を含む重要な生活活動に参加するのを妨げている障壁を取り除くという意味です。

アクセスに対する障壁を除くことは、障害者だけでなく、幅広い人々に役立つことがあります。たとえば、舗道に斜面が付けられるまでは、車椅子の人々が道を渡るのは困難あるいは不可能でした。舗道の斜面は、車椅子の人々だけでなく、自転車に乗っている人々や、ショッピング・カートや乳母車を押している人々にも役立っています。

これと同じように、アクセスしやすいソフトウェアを設計することは、幅広いユーザにとっての利益になります。マウスの代わりにキーボードを使えるようにすることで、キーボード主体の作業を行なっているユーザは楽になります。ポータブル・コンピュータのユーザや、電話の音が響くオープン・オフィスで仕事をしているユーザは、音を聞くことができない場合があります。警告音を利用したり、それに置き代わる視覚的なヒントを用意すれば、聴覚障害者だけでなく、そのようなユーザにも役立ちます。

アクセスしやすいコンピュータ製品の市場は拡大しつつあります。約 4000 万人のアメリカ人が何らかの障害を持っており、年齢構成が高くなるにつれて、老齢による障害を持つ人は増えていきます (55 歳では 25% ですが、65 歳では 50% に上昇します)。

障害を持つユーザは、すべてのコンピュータ・ユーザと同じように、年齢、コンピュータの使用経験、関心の度合、教育程度などはさまざまです。障壁が除かれれば、コンピュータは他のユーザと同じ立場で競争するためのツールになりえます。障害を持つユーザには、エンジニア、芸術家、科学者、デザイナ、法律家、管理業務のアシスタント、ソフトウェア・エンジニアなど、さまざまな職業の人がいます。こうした多様なユーザに共通するのが、コンピュータが毎日の仕事の中で重要な役割を果たしているという点です。

容易なアクセスを提供することは、幅広いユーザにとって利益となるだけでなく、リハビリテーション連邦法の 508 条で定められているように、あらゆる連邦機関との契約条件における必須事項になっています。私企業においても、障害をもつアメリカ人法 (ADA) の下で、現在と将来の従業員のことを考慮すると、同じような配慮が必要となります。

アクセスとスタイル・ガイド

障害を持つユーザの多くは、補助的なソフトウェアやハードウェアなしでもアプリケーション・ソフトウェアを使用できますが、画面の読み上げ機能や音声認識といった技術を使う必要があるユーザも存在します。いずれの場合も、障害を持つユーザが、直接に、あるいは補助的なソフトウェアとハードウェアを通して間接にアプリケーションを使用できるようにするための標準的な方式を示しているスタイル・ガイドに従うことが重要です。

アクセスしやすいアプリケーションを実現する最も簡単な方法は、スタイル・ガイドに従い、この章に記されている助言を読んで、それに従うことです。

身体的な障害

身体的な障害は、病気、事故、または過度の筋肉の酷使が原因で発生します。例としては、脊髄の損傷、神経の退化性の病気、心臓発作、反復的な圧力による傷害などがあります。

身体的な能力は、上記の障害の例の中でも、大きな違いがありますが、アプリケーション・ソフトウェアのすべてのコントロール、機能、および情報に対して、キーボードによるアクセスが必要であるという条件は共通しています。マウスを使用できないユーザが、Motif アプリケーションを生産的に利用できるようにするためには、網羅的なキーボード・アクセスを提供することが非常に重要です。

アプリケーションをアクセスしやすくするために、アプリケーションに対する完全なキーボード・アクセスは必要条件ではありますが、十分条件ではありません。もう 1 つの重要な条件は、このスタイル・ガイドに記されているキー・マッピングのガイドラインに従うことです。これらのマッピングを一貫性のある形で使用して、複数のアプリケーションを使うために必要な学習の量を減らすことによって、より使いやすいアプリケーションを提供できるだけでなく、音声制御や画面読み上げソフトウェアなどの代替 I/O 技術の効果を高めることもできます。

ガイドライン

推奨 

id: 

すべてのアプリケーション機能がキーボードからアクセスできなければならない。 

視覚的な障害

視覚的な障害者が必要とするツールには、眼鏡、大きなサイズのディスプレイとフォントなどから、全盲のユーザがナビゲートしたり、画面に表示されているものを音声で確認できるようにするための画面読み上げソフトウェアまで、さまざまなものがあります。

小さなフォントを読むことは、視力の弱いユーザにとっては難しい場合があります。ユーザは、テキスト区画、メニュー、ラベル、および情報メッセージを含むすべてのフォントを簡単に構成できなければなりません。フォント・サイズと字体をハード・コードしてはなりません。

カラーに依存する情報の解釈 (たとえば赤は中止、緑は続行など) は、視覚障害を持つユーザにとっては困難である場合があります。色盲のために、一部のカラーを区別できない人は、かなりの数存在します。このため、カラーを唯一の情報源として使用することは避けます。

解釈だけでなく、バックグラウンド・カラーとテキスト・カラーの組み合わせによっては、視覚障害を持つユーザがテキストを読むのが難しくなることがあります。この例でも、ユーザによる選択を可能にすることが重要です。カラーの選択をハード・コードしてはなりません。ユーザは、自分にとって最適なカラーが選択できるように、デフォルト・カラーを無効にできなければなりません。

すべてのウィジェット・インスタンスに、意味のある名前を付けてください。意味のある名前は、画面読み上げソフトウェアを使用している視覚障害を持つユーザの役に立ちます。たとえば、消しゴムのグラフィックに widget5 というような名前を付けるのではなく、消しゴムという名前や、その他の説明的な名前を付けます。

このような説明的な情報がないと、全盲あるいは弱視のユーザは、ラベルの付いていないウィジェット、図のラベルが付いているウィジェット、あるいはカスタム・ウィジェットを解釈できなくなります。このような場合には、この情報を用意することがアクセスのための必要条件になります。また、意味のあるウィジェット名を付けることで、コードのデバッグがしやすくなるという恩恵もあります。

最後に、視覚障害を持つ多くのユーザが、キーボードによるナビゲーションと制御に頼っており、ポインティング・デバイスを使うことはないという点に注意してください。

ガイドライン

推奨 

ie: 

カラーをハード・コードしてはならない。 

推奨 

if: 

線、境界、シャドウといったグラフィック属性をハード・コードしてはならない。 

推奨 

ig: 

フォント・サイズとスタイルをハード・コードしてはならない。 

推奨 

ih: 

すべてのアプリケーション・コードは、ウィジェットに対して、説明的な名前を付けなければならない。テキストではなくグラフィックを使用しているウィジェット (たとえば、パレットの項目やアイコン) に、説明的な名前を付けることにより、視覚障害を持つユーザも画面読み上げソフトウェアを使って情報を得ることができる。 

聴覚的な障害

聴覚的な障害を持つユーザは、音を聴くことができなかったり、オーディオ出力を背景の雑音と区別できないことがあります。

ユーザが音による通知を聴くと想定してはなりません。飛行機の座席に座っているユーザ、騒音の大きいオフィス、あるいは音を消さなければならない公共の場にいるユーザは、聴覚障害を持つユーザと同じように、視覚的な通知を必要とすることに注意します。さらに、特定の周波数や音量の音しか聴けないユーザもいます。オーディオ・フィードバックの音量と周波数は、ユーザが簡単に構成できなければなりません。これらのパラメータをハード・コードしてはなりません。

視覚的な通知を伴わない音、たとえば印刷ジョブが完了したことを示すビープ音などは、聴覚障害を持つユーザや、音を使用していないユーザの役には立ちません。このような音は便利なこともありますが、音が聞こえることを前提にした設計は絶対に行わないようにします。

一方、ほとんどのユーザにとって、印刷が終了するたびに警告ウィンドウが表示されるのは、邪魔なことがあります。視覚的な通知は、アイコンの変更、情報領域内のメッセージ、メッセージ・ウィンドウの表示などの形で実行できます。システムを公共の場で使用しているユーザにとっては、このような通知を音として聴くのではなく、視覚的に見るというオプションの方が便利な場合があります。

重要な点は、ユーザに選択の余地を与えることです。必要な場合は、音による通知と視覚による通知の両方を用意します。デフォルトの動作として視覚的な通知が妥当でない場合は、必ずオプションとして用意するようにします。

ガイドライン

推奨 

ii: 

対話は、ユーザが音による通知を聴くという前提に立って行われてはならない。 

推奨 

ij: 

ユーザは、警告音による情報と視覚的情報のどちらで受け取るのかを選択できるようにするべきである。 

推奨 

ik: 

アプリケーションは、聴覚的な情報を過度に使用したり、聴覚的な情報だけを使用するようであってはならない。 

推奨 

il: 

ユーザは、警告音の周波数と音量を構成できなければならない。 

言語障害、認知障害、およびその他の障害

視覚的、聴覚的、および身体的な障害のためのアクセス・ガイドラインは、一般に、補助技術の使用も含めて、効果的な意思の伝達手段を選択できるという点で、言語障害、認知障害、およびその他の障害を持つユーザにも役立ちます。

ガイドライン

推奨 

im: 

言語障害や認知障害を持つユーザのために、ティアオフ・メニューや、重要なアプリケーション機能のためのユーザによる構成が可能なメニューを用意する。 

既存のキーボード・アクセス機能

CDE Motif アプリケーションを設計する際には、X Window System のサーバのアクセス機能が使用している、既存のシステム・レベルのキー・マッピングを意識するようにしてください。これらのサーバ機能は、AccessX と呼ばれ、動作障害を持つユーザによって一般に使用されている基本的なワークスペース・アクセス可能性を提供します。AccessX は、X Window System のサーバのバージョン X11R6 においてサポートされるようになりました。

内蔵の、サーバ・レベルのアクセス機能には、次のものがあります。

StickyKeys

修飾されるキーを同時に押さなくても利用できるように、修飾キー ([Shift] や [Control] キーなど) のロッキングまたはラッチングを処理します。StickyKeys を利用すると、複数のキーの組み合わせを 1 本の指で入力できます。

RepeatKeys

キー・リピートの開始を遅らせ、動作時間に問題のあるユーザが、複数の文字が送信される前にキーを離せるようにします。

SlowKeys

キーを指定の時間だけ押し続けないと、キーが押されたと受け入れられないようにします。これにより、動作時間に問題のあるユーザが誤ってキーを押してしまったときに、キーを押したというイベントが送信されるのを防ぐことができます。

MouseKeys

カーソル移動の明示的な制御や、すべてのマウス・ボタンを押して離すイベントを、キーボード・ベースで実行できるようにする、マウスの代わりとなる機能です。

ToggleKeys

キーのロック状態を、そのキーを押したときの音で通知します。[Caps Lock] キーなどが、その対象となります。

BounceKeys

指の震えるユーザが、キーを押したと誤って解釈されるのを防ぐために、次のキーを押したことを受け入れるまでのキーストロークの間隔を長くします。

ガイドライン

推奨 

in: 

アプリケーションのキーマッピングが、表 10-6 に示す X Window System のサーバのアクセス機能のために予約されている、既存のシステム・レベルのキーマッピングと重複しないようにする。

アクセスしやすさに関する情報源

ソフトウェアのアクセス可能性に関する詳細な情報については、次に示す団体、会議、および書籍を参照してください。

団体

Clearinghouse on Computer Accommodation (COCA)

18th & F Streets, NW

Room 1213

Washington, DC 20405

(202) 501-4906

技術とアクセスしやすさに関する情報のセンター。COCA のドキュメントは、製品、政府の資料、ユーザの要件、法的な要件などを扱っています。

Sensory Access Foundation

385 Sherman Avenue, Suite 2

Palo Alto, CA 94306

(415) 329-0430

「視覚障害や聴覚障害を持つ人々の選択肢を増やす」ための技術の応用に関する助言を行う非営利団体。補助技術に関するニューズレターを発行しています。

Special Needs Project

3463 State Street

Santa Barbara, CA 93105

(805) 683-9633

障害に関する幅広い問題を扱っている、専門家や家族向けの書籍の出版社。

Trace Research and Development Center

S-151 Waisman Center

1500 Highland Avenue

Madison, WI 53528

(608) 262-6966

補助技術に関する最新情報の中心的な情報源であり、重要な研究および評価センターでもあります。Trace は、補助技術と資料に関するデータベースと論文を配布しています。

会議

CSUN

Conference on Technology and Persons with Disabilities

Every spring in Los Angeles, California

(818) 885-2578

Closing the Gap

Conference on Microcomputer Technology in Special Education and Rehabilitation

Every fall in Minneapolis, Minnesota

(612) 248-3294

参考文献

Brown, Carl. Computer Access in Higher Education for Students with Disabilities, 2nd Edition. George Lithograph Company, San Francisco. 1989.

Cornsweet, T.N. Visual Perception. Academic Press, New York. 1970.

Edwards, A., Edwards, E., and Mynatt, E. Enabling Technology for Users with Special Needs (InterCHI '93 Tutorial). 1993.

Johnson, M, and Elkins, S. Reporting on Disability. Advocado Press, Lousville, KY, 1989.

Managing Information Resources for Accessibility, U.S. General Services Administration Information Resources Management Service, Clearinghouse on Computer Accommodation, 1991.

Vanderheiden, G.C., Thirty-Something Million: Should They Be Exceptions?, Human Factors, 32(4), 383-396. 1990

Vanderheiden, G.C. Making Software More Accessible for People with Disabilities, Release 1.2. Trace Research & Development Center, 1992.

Walker, W.D., Novak, M.E., Tumblin, H.R., Vanderheiden, G.C. Making the X Window System Accessible to People with Disabilities. Proceedings: 7th Annual X Technical Conference. O'Reilly & Associates, 1993.