2.1.1 データの競合チュートリアルのソースファイルの入手
2.1.3.1 prime_omp.c および prime_pthr.c でのデータの競合の影響
2.2.3.1 スレッドアナライザを使用したデータの競合実験の表示
2.2.3.2 er_print を使用したデータの競合実験の表示
2.4.1 データの競合が誤検知であるかどうかをチェックする
マルチスレッドアプリケーションの中には、パフォーマンスを高めるためにデータの競合を意図的に許可する場合があります。影響のないデータの競合は、存在していてもプログラムの正確さには影響しない意図的なデータの競合です。次の例は、影響のないデータの競合を示します。
注 - 影響のないデータの競合以外でも、大きなクラスのアプリケーションでは、正しく設計するのが困難なロックフリーおよびウェイトフリーアルゴリズムを使用しているので、データの競合を許可します。スレッドアナライザは、これらのアプリケーションでのデータの競合の位置を特定する場合に役立ちます。
prime_omp.c 内のスレッドは、関数 is_prime() を実行することによって、整数が素数かどうかをチェックします。
16 int is_prime(int v) 17 { 18 int i; 19 int bound = floor(sqrt(v)) + 1; 20 21 for (i = 2; i < bound; i++) { 22 /* no need to check against known composites */ 23 if (!pflag[i]) 24 continue; 25 if (v % i == 0) { 26 pflag[v] = 0; 27 return 0; 28 } 29 } 30 return (v > 1); 31 }
スレッドアナライザは、行 26 での pflag[ ] への書き込みと行 23 での pflag[ ] の読み取りとの間にデータの競合があることを報告します。ただし、このデータの競合は、最終的な結果の正確さには影響しないので影響のないものです。23 行で、スレッドは、所与の i の値で、pflag[i] が 0 に等しいかどうかをチェックします。pflag[i] が 0 に等しい場合、i が既知の合成数である (つまり、 i は素数でないとわかっている) ことを意味します。この結果、v が i で割り切れるかどうかをチェックする必要がなくなります。v がいずれかの素数で割り切れるかどうかだけをチェックすればよくなります。したがって、pflag[i] が 0 に等しい場合、スレッドは i の次の値に進みます。pflag[i] が 0 に等しくなく、v が i で割り切れる場合、スレッドは 0 を pflag[v] に割り当てて、v が素数でないことを示します。
正確さの観点からは、複数のスレッドが同じ pflag[ ] 要素をチェックし、同時にそれに書き込むかどうかは重要ではありません。pflag[ ] 要素の初期値は 1 です。スレッドはこの要素を更新するときに、0 の値を割り当てます。つまり、スレッドはその要素に対してメモリーの同じバイトの同じビットに 0 を格納します。現在のアーキテクチャーでは、このような格納は不可分であると想定することが安全です。つまり、その要素がスレッドによって読み取られるときに、読み取られる値は 1 か 0 のどちらかになります。スレッドは、0 の値を割り当てる前に所定の pflag[ ] 要素をチェックする場合 (行 23)、行 25 ~ 28 を実行します。その間に別のスレッドがその同じ pflag[ ] 要素に 0 を割り当てた場合も (行 26)、最終結果は変化しません。これは、基本的に、最初のスレッドが不必要に行 25 ~ 28 を実行したが、最終結果は同じであったことを意味します。
スレッドのグループが check_bad_array() を同時に呼び出して、配列 data_array の要素が「間違っている」かどうかをチェックします。各スレッドは配列の異なるセクションをチェックします。スレッドは、要素が間違っていることを検出した場合、グローバル共有変数 is_bad の値を true に設定します。
20 volatile int is_bad = 0; ... 100 /* 101 * Each thread checks its assigned portion of data_array, and sets 102 * the global flag is_bad to 1 once it finds a bad data element. 103 */ 104 void check_bad_array(volatile data_t *data_array, unsigned int thread_id) 105 { 106 int i; 107 for (i=my_start(thread_id); i<my_end(thread_id); i++) { 108 if (is_bad) 109 return; 110 else { 111 if (is_bad_element(data_array[i])) { 112 is_bad = 1; 113 return; 114 } 115 } 116 } 117 }
行 108 での is_bad の読み取りと行 112 での is_bad への書き込みとの間にデータの競合があります。ただし、データの競合は最終結果の正確さに影響しません。
is_bad の初期値は 0 です。スレッドは is_bad を更新するときに、値 1 を割り当てます。つまり、スレッドは、is_bad に対してメモリーの同じバイトの同じビットに 1 を格納します。現在のアーキテクチャーでは、このような格納は不可分であると想定することが安全です。したがって、is_bad がスレッドで読み取られるときに、読み取られる値は 0 か 1 のどちらかになります。スレッドは、値 1 が割り当てられる前に is_bad をチェックする場合 (行 108)、for ループの実行を継続します。その間に別のスレッドが値 1 を is_bad に割り当てても (行 112)、最終結果は変化しません。スレッドが for ループを必要以上長時間実行したというだけのことです。
シングルトンは、特定の種類のオブジェクトが、プログラム全体で 1 つしか存在しないようにします。二重検査されたロックは、マルチスレッドアプリケーションでシングルトンを初期化する一般的で効率的な方法です。次のコードは、この実装方法を示します。
100 class Singleton { 101 public: 102 static Singleton* instance(); 103 ... 104 private: 105 static Singleton* ptr_instance; 106 }; ... 200 Singleton* Singleton::ptr_instance = 0; ... 300 Singleton* Singleton::instance() { 301 Singleton *tmp = ptr_instance; 302 memory_barrier(); 303 if (tmp == NULL) { 304 Lock(); 305 if (ptr_instance == NULL) { 306 tmp = new Singleton; 307 memory_barrier(); 308 ptr_instance = tmp; 309 } 310 Unlock(); 311 } 312 return tmp; 313 }
ptr_instance の読み取り (行 301) は、ロックによって意図的に保護されていません。このため、マルチスレッド環境でシングルトンがすでにインスタンス化されているかどうかを判別するチェックが効率的になります。変数 ptr_instance の行 301 での読み取りと行 308 での書き込みとの間でデータの競合があるが、プログラムは正しく動作することに注意してください。ただし、データの競合を許可する正しいプログラムを作成すると、余分な注意が必要になります。たとえば、前述の二重検査されたロックコードでは、シングルトンおよび ptr_instance を適切な順序で設定および読み取りできるように、行 302 および 307 での memory_barrier() の呼び出しが使用されます。この結果、すべてのスレッドは連続してこれらを読み取ります。このプログラムテクニックは、メモリーバリアーを使用しない場合には機能しません。