HSM 機能により、管理者が指定する 1 組のポリシーに基づいて、ローカルディスクと別のストレージメディアとの間で自動的にデータが移動します。マイグレートとは、クライアントからリモートのマイグレートストレージデバイスであるマイグレート記憶領域にファイルを移動させる処理のことです。呼び戻しとは、リモートのストレージデバイスからクライアントの元の場所にファイルを戻す処理のことです。HSM によって、古いデータやアクセス頻度の低いデータを利用できない状態にして、新しいデータに速くアクセスできるようにすることによって、ネットワークのストレージ資源を管理できます。マイグレートファイルへのアクセスに少し時間がかかる点を除けば、マイグレートと呼び戻しの処理全体はユーザーからは認識されません。
HSM はマイグレートクライアントとマイグレート記憶領域との間でファイルを移動させるもので、マイグレートサーバーによって管理されます。マイグレートクライアントは、ネットワーク上の、マイグレートするデータを格納しているシステムです。マイグレートサーバーは、ネットワーク上の、マイグレートサービスを提供するシステムです。マイグレート記憶領域はマイグレートサーバーに接続されており、ディスク、テープ、または光ディスクのストレージメディアで構成されます。
このデータ管理の方針は、管理者が定義する上限値 (high water mark) と下限値 (low water mark) によって決まります。上限値は、自動的にマイグレートが開始されるときのしきい値条件で、下限値は、自動的にマイグレートが停止するときのしきい値条件です。条件を満たすファイルがすべてマイグレートされるまで、あるいは下限値に達するまで、マイグレート処理は続けられます。
ファイルのマイグレートは、管理者が定義した基準によって決定される一種の「清掃」作業です。Backup は、割り当てられた基準に従って、マイグレートの候補となるファイルのリストを生成します。これらの候補を決定する上で最もよく使われるパラメータは、アクセスの頻度です。各マイグレートクライアントについてマイグレートサービスの有効/無効を切り替えることができます。システムファイル、共有ライブラリ、および Backup が使用するすべての実行可能ファイルとデータファイルは、常にマイグレート処理の対象からは除外されます。
ファイルのマイグレートは、システムの要件に応じて自動あるいは手動で行えます。管理者は、基準を定義し、個々のマイグレートクライアントにそれぞれの基準を割り当てるだけです。Backup が各クライアントについて、これらの基準を満たすファイルを自動的にマイグレートします。ユーザーまたはアプリケーションがマイグレートされたファイルにアクセスした時点で、Backup によってそのファイルが自動的に呼び戻されます。
ファイルがマイグレートされると、クライアントコンピュータ上にあった元のファイルは、ストレージメディア上のマイグレートファイルの位置を指すスタブファイルに置き換えられます。このスタブファイルは UNIX のシンボリックリンクで、置き換えられたファイルに関して次の 2 つの目的のための情報が格納されています。
マイグレートされたファイルのプレースホルダとして、そのファイルがローカルディスク上に存在しているかのように処理するためのもの
新しい位置へのポインタとして、HSM ソフトウェアによって、マイグレートされたファイルを探し出してローカルディスクに呼び戻すためのもの
ファイルがマイグレートされ、スタブファイルに置き換えられたあとも、ユーザーはそのスタブファイルに対して、ファイルシステム上の他のファイルとまったく同じ操作を実行できます。スタブファイルに対しては、移動、名前の変更、または読み取り/書き込みアクセスが不要なあらゆる操作を適用できます。
HSM が使用する「Migration」リソースの値を設定することによって、マイグレートの開始と停止を決定するクライアントファイルシステムの容量についての基準を指定できます。nwadmin プログラムの GUI を使って「Clients」メニューで「Migration Setup」を選択します。各マイグレートクライアントについて、次の条件を指定します。
クライアントファイルシステムが指定された上限値に達すると、Backup HSM アプリケーションによって、定義された基準に合致するファイルが自動的にマイグレートされます。
上限値と下限値に加えて、マイグレートの候補となるファイルが満たさなければならない基準を 1 つ以上設定する必要があります。複数の基準を設定した場合には、指定されたすべての基準を満たすファイルがマイグレートの候補となります。たとえば、クライアントファイルシステムが 70% になったときに、過去 60 日間にアクセスがなく、大きさが 2 K バイト以上の /home ディレクトリ内のファイルを自動的にマイグレートするというようなポリシーを設定できます。管理者が設定できるマイグレート基準には、次のものがあります。
前回のアクセス時間 - ファイルが最後にアクセスされてからの経過時間
最小ファイルサイズ - マイグレートの対象と見なされるファイルの最小サイズ。これよりも小さいファイルは、マイグレートを行なってスタブファイルで置き換えても、十分なディスク領域は得られない
ファイル所有者 - マイグレートの対象と見なされるファイルの所有者名。すべての所有者を対象にしたい場合は、このテキストボックスは空にしておく。owner_name 以外のすべての所有者を対象にしたい場合は、このフィールドに -owner_name と入力する
ファイルグループ - マイグレートされるファイルへのアクセス権を持つグループ名。group_name 以外のすべてのグループを対象にしたい場合は、このフィールドに -group_name と入力する
マイグレート対象外のファイル - マイグレートの対象から外すファイル。ファイルのエントリは完全パス名で指定し、UNIX シェルのワイルドカード文字を使用できる
「Migration」リソースでマイグレートクライアントのためのマイグレートポリシーを指定すると、Backup は次の方法でファイルをマイグレートします。
Backup サーバーが定期的にスケジュールされたバックアップを実行する際に、バックアップグループ内の各クライアントを調べて、マイグレート対象のファイルがないかどうかを調べます。スケジュールされたバックアップの際に事前マイグレートコマンドの nsrpmig によって、マイグレートクライアントファイルシステムの中でマイグレートの基準を満たすファイルが探し出されます。
事前マイグレート処理ではリソースを大量に使用します。マイグレートクライアントを含んでいるグループに対してスケジュールされたバックアップを行う場合には、システムがあまり使用されない時間帯に開始するようにします。
マイグレートの基準を満たすファイルが事前マイグレートされます。この事前マイグレートの際には、ファイルは Backup の格納場所 (マイグレートボリューム) にコピーされますが、元のファイルはクライアントマシンに残ったままです。
クライアントファイルシステムが上限値に達すると、nsrexecd デーモンがマイグレートコマンドの nsrmig を起動し、マイグレート処理が自動的に行われます。nsrmig コマンドは事前マイグレートされたファイルを調べて、これがマイグレートの基準をまだ満たしているかどうかを確認します。事前マイグレートされたファイルが依然としてマイグレートの対象となっていれば、nsrmig コマンドは次の操作を行います。
クライアントファイルシステム上の元のファイルを一時的な名前に変更する
クライアントファイルシステム上に、マイグレートメディア上のマイグレートファイルを指すスタブファイルを作成する
クライアントファイルシステムから元のファイルを削除する
マイグレート処理は下限値に達するまで続行されます。マイグレート基準を満たすファイルの数が少ない場合には、下限値にまで達しないことがあります。
マイグレートレポートが管理者に対して電子メールで送信されます。
Backup は、マイグレートファイルのエントリをクライアントインデックスの中に作成します。ただし、これらのエントリは復旧プログラムの GUI には表示されません。Backup はこれらのエントリを使って、マイグレートファイルとクライアントファイルシステムの中のスタブファイルとの間の関連を追跡し、呼び戻しの際にもこれを利用します。マイグレートファイルはユーザーの要求に従って呼び戻せなくてはならないので、マイグレートされたデータのインデックスエントリは、Backup クライアントに対して設定される自動データ再利用ポリシーの対象からは除外されます。Backup がクライアントファイルシステムから削除されたファイルを処理する方法については、「HSM による名前変更または削除されたファイルの処理」を参照してください。
システムファイル、共有ライブラリ、および Backup が使用するすべての実行可能ファイルとデータファイルは、常にマイグレート処理の対象から除外されます。次に示すファイルはマイグレートされません。
/、/usr、/opt、および /var の各ファイルシステムのすべてのファイル
.so で終わるすべてのファイル
Backup が使用するすべてのファイル (実行可能ファイルとデータファイル)
2 G バイトを超えるファイル
また、特定のファイルまたはファイルのグループをマイグレート対象から除外できます。たとえば、スーパーユーザーが所有するファイルを自動マイグレート処理から除外できます。
ユーザーまたはアプリケーションがマイグレートファイルを読み取り、書き込み、または属性の変更のためにアクセスすると、Backup によって、そのファイルが自動的にスタブファイルの位置に呼び戻されます。呼び戻しが開始されてから、ファイルが開かれます。呼び戻し操作が終了すると、制御がユーザープログラムに戻ります。このため、ユーザーはファイルが元の位置に完全に呼び戻されるまで、読み取りや書き込みの遅れを感じることがあります。ただし、アクセスに要する時間が長くなるということを除けば、呼び戻しのプロセス全体はユーザーからは認識されません。アクセスにかかる時間は、マイグレートメディアの使用可能性、デバイス速度、およびネットワーク速度に依存します。
ローカルハードディスクに、ファイルを呼び戻すための十分な空き領域がなければ、Backup からその通知が表示されます。Backup には事前構成済みの HSM 通知が用意されています。通知の使用方法については、「イベント通知」を参照してください。
HSM はバックアップ、アーカイブ、およびセーブセットのステージングという 3 つの機能を補足するものです。HSM により、システム管理者はネットワークリソースを効率よく管理し、さらには、ハードウェアストレージのコストを削減できます。すべての Backup 機能においては、データはメディアに格納されます。ただし、それぞれのメディアは独自の用途を持っています。表 8-1 は、バックアップ、HSM、セーブセットのステージング、およびアーカイブの各操作の目的を比較し、これらの機能が連係して完全なストレージ管理ソリューションを提供している様子を示しています。
表 8-1 バックアップ、HSM、セーブセットのステージング、およびアーカイブの比較
|
バックアップ |
HSM |
セーブセットのステージング |
アーカイブ |
---|---|---|---|---|
目的 |
データの誤削除、障害による消失等の防御 |
ネットワークのストレージリソースの節約 |
データを異なるストレージメディア間の移動 |
オンラインのストレージスペースの節約 |
格納されるファイル |
ファイルシステム全体 |
頻繁にアクセスされないファイル |
バックアップ、マイグレート、またはすべてのアーカイブファイル |
稀にしかアクセスされないファイル |
頻度 |
定期的 |
ポリシーベース |
ポリシーベース |
プロジェクトの終了時 |
方法 |
自動 |
自動または手動 |
自動または手動 |
手動 |
元のファイル |
元の場所に残る |
スタブが残る (ファイルの呼び戻しが可能) |
新しいストレージメディアに移動する |
通常は削除される |
ファイルをクライアントに戻すための方法 |
オンラインのデータが損傷したか、誤って削除された場合に、管理者によって復旧される |
ユーザーがファイルにアクセスすると、自動的にわからないうちに呼び戻される |
オンラインのデータが損傷したか、誤って削除された場合に、管理者によって復旧される |
ユーザーが必要なときに、管理者によって取り出される |
ファイルがマイグレートされると、元のクライアントファイルシステム上にはスタブファイルが残ります。このスタブファイルは、マイグレートされたファイルの新しい位置を指す UNIX のシンボリックリンクです。Backup が作成するスタブファイルはシンボリックリンクなので、NFS (ネットワークファイルシステム) クライアントでは NFS マウントされたディレクトリ上のファイルに対して事前マイグレートやマイグレートはできません。
しかし、NSF クライアントは NFS マウントされたディレクトリから既にマイグレートされているファイルを呼び戻さなければならない場合もあります。Backup では、次のように構成することで、この操作が可能になります。
NFS サーバーが、Backup クライアントソフトウェアを実行しており、Migration Setup が構成されている Solaris マシンである
NFS クライアントが、Backup クライアントソフトウェアを実行しており、Migration Setup が構成されている Solaris マシンである
NFS サーバーと NFS クライアントの両方が、同じ Backup サーバーのクライアントとして構成されている
NSF クライアントが適切なユーザー/グループを持っており、NFS マウントされたディレクトリに対する書き込み特権を持っている
NFS サーバーが、その Backup クライアントリソースの中で、NFS クライアントをリモートアクセスユーザーとして指定している
図 8-1 は、この構成シナリオを示しています。
このシナリオでは、ホスト Oak は HSM モジュールが有効になっている Backup サーバーで、そのクライアントのリストには Elm と Pine が指定されています。ホスト Elm では、Backup クライアントソフトウェアが実行されており、Migration Setup が構成されているNFS サーバーで、したがって Backup マイグレートクライアントになっています。Pine は Elm から NFS サービスを受け取る NFS クライアントです。Pine でも、Backup クライアントソフトウェアが実行されており、Migration Setup が構成されています。したがって Backup マイグレートクライアントになっています。
Pine が、Elm からマイグレートされたファイルを呼び戻すためには、Elm の Backup クライアントリソースの「Remote Access」属性に Pine が指定されていなくてはなりません。呼び戻し操作によって、マイグレートされたファイルは、マイグレート記憶領域から Elm 上のスタブファイルの位置に呼び戻されます。この操作はユーザーからは認識されずに行われます。
NFS クライアントがこれらの構成基準を満たしていない場合には、rlogin コマンドを使って NFS サーバーにログインし、適当な読み取りまたは書き込み操作をファイルに対して行えば、そのファイルを呼び戻すことができます。マイグレートファイルは元の位置に自動的に呼び戻されます。